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オールラウンダー廻・鉄風・ホーリーランド・クローズ

『ホーリーランド』を読み終わって、終わり方についてちょっと悩んだ。終わり方が全然面白くなかったのだが、じゃあどうしたら面白くなっただろうか?と。
路上のカリスマが最後テレビ興行に出るほどに成功して、主人公はストリートの伝説の中で生きている、という終わり方なのだが、テレビ興行に出るという成功の仕方位しか短く分かりやすく彼らのハッピーエンドを演出出来る小道具がないのは分かる。面白くはないけど。
格闘技は普通プロでも格闘技一本では食えない。稼ぐには客を呼べる舞台に立つか、テレビに出るしかない。だからテレビに出たいと思う格闘家はごまんと居て、そこにストリートファイトに明け暮れていた伊沢が突然入っていって成功するまでにはかなりの地味な紆余曲折を経ていなければならない筈なのだが、その過程をスッポリ省くと上っ面を撫でた印象しかないのだ。経済的な意味で他に出口が無い事について僕は多少知っている方かもしれないが、それでも「ページの都合上で分かりやすくハッピーエンドを演出する形になりました」と露骨に言われたらやっぱりちょっと萎えるよね。
まあ『ホーリーランド』っていわゆる「非日常的世界」を舞台にしたヤンキー漫画で、喧嘩の強さのみに価値のある世界だから、テレビに出る側になる、というのはその意味では想像力としては凡庸でも、我々テレビを見る側からすると同じく非日常の世界には違いなく、一応ギリギリ一貫性は保てていなくもない。違和感バリバリだが、一応「アリ」だ。としておこう。この点について追求したくて仕方ないが、しても不毛なのは分かり切っているから。
で、同じくやばい終わり方をしたヤンキー漫画に『クローズ』というのがあって、これも喧嘩の強さだけに価値のある世界で野郎共が殴り合う漫画だ。こっちは微妙にうろおぼえなのだが、最終回付近で不良の一人が営業マンとして就職して先輩にヘコヘコしているのを、仲間の不良達に見られてしまうというシーンがある。仲間の不良達の反応は「何やってんだよ・・・」みたいな感じで、肩で風を切っていた不良仲間として失望落胆する。で、その後営業マンになった不良君はいけすかない先輩をぶん殴って啖呵を切って辞職するのだが、その後どうなったの?という描写はない。
『クローズ』の不良君達も別にかっこつけて肩で風を切って生きたい(それで人生を終えられるのが理想かもしれないが)と思っているわけではなくて、胸を張って生きたいだけなのかもしれない。社会人になるという事は媚びへつらってつまらない仕事を文句も言わずにやるという事と=であると『クローズ』では描かれていて、僕はそういう一面を必ずしも否定しないけれども、極端にそこだけ強調しているから嘘だと思う。また、『ホーリーランド』でうんちくと共に暗に示されていた格闘界への転身というコースを、『クローズ』では選ぶ事が出来ない。『クローズ』の世界は喧嘩の強さ以外に価値がないという事を貫徹するあまり、リアルな不良像からも大きく乖離したファンタジー世界になり、結果経済的自立という不良ファンタジーワールドと相容れない価値観についてはきちんと答えを出す事が出来なかった。
『オールラウンダー廻』ではそういった問題は曖昧に回避されない。主人公のライバル、山吹喬は小学生時代に喧嘩で負けた時「(喧嘩を売ってきた奴らを)金持ちになって見返してやればいいじゃん」みたいな事を言う主人公に対して「じゃあそれまでずっとコソコソ生きるのかよ。ゴメンだね。俺は胸を張って生きたいだけだ」と答えるし、試合に負けた廻に「僕、もっと強くなれますか?」と聞かれた師匠の古屋は「ああ、でもな、格闘技強いだけじゃ偉くもなんともねーぞ」と言ったりする。
4巻の巻末では作者が「格闘ブーム」は既に終わっており、日常の中で粛々と格闘技を続けていく人だけが残って格闘技を「文化」にしていく。(格闘技ブームのような)お祭りは玉にでいい、と書いている。空手青年がヤクザを相手に大立ち回りを演じるなんていう描写もあるが、格闘シーンも人物描写も基本的に極めて「リアル」である。こういう言葉は使いたくないのだが。
それも、この漫画がヤンキー漫画ではなく格闘技漫画である事が理由だろう。格闘技を取り巻く現状を描くとどうしても勝った負けただけで完結させられなくなる。同じ格闘技漫画で、女子格闘技をあつかった『鉄風』では、アマ修斗を扱った『オールラウンダー廻』と違って、興行の話が一つの軸になっている。女子格闘技というのは格闘技界の中でも特に日の目を見にくいジャンルだから、という作者の問題意識も有るだろうし、『鉄風』という作品自体も多分「天下一武道会」じゃないが、大きな興行で登場人物達を競わせるというハッタリがないと成立しない漫画なんだろうと思う。
どういう事かというと、がねこという身長の低い空手家(ゲジゲジ眉毛・ポニテ・やや自分勝手=可愛い)と身長が高い主人公が体育館裏で真剣勝負をするシーンが有るのだが、背の低いがねこのハイキックが、頭一つ高い主人公がバックステップ気味のスウェーをしたにも関わらず顎を捉えていたり(寸止めだが)、物理的にこれは有り得るのか?と思ってしまうシーンを構図や漫画的ハッタリで成立させている部分がこの作品にはある。別に悪い事ではなくて、例えばジャンプの某見開き漫画などはキャラクターとこれだけを突き詰めた作品とさえ言えるのでは無かろうか。漫画はエンターテイメントとして成立すれば基本的に問題の無い世界である事は言うまでもない。

余談だが、『オールラウンダー廻』の主人公、高柳廻は実によく考えられたキャラクターだ。日常というテーマをうまく表現出来て、総合格闘技の技術的な部分に光を当てる、という二点を両立する為にデザインされたキャラクターだ。彼は「どこが凄いのか分からん」事が作中人物によってたびたび強調されるように、目立った長所がない。フィジカルも強くないし、サイズが大きいわけでもなく、飛びぬけて優れた技術も持っていない。人物像も平凡で大したトラウマも過去もなく、歳不相応な苦労もしていない。そして、選手としては技術を習得するという点に才能を見せるテクニカルファイターである。これによって、知らない人間にとっては「非日常」と認識されるだろう「総合格闘技の世界」と我々の日常を、廻を描くだけで無理なく橋渡しする事が出来るようにしている。
実際の総合の試合では俗に「フィジカルが強い」といわれる選手が技術的優劣を無効化して勝つパターン(しょっぱい試合って奴だ)が結構多い気がするので、その点この作品はやや技術的要素に傾斜している観がなきにしもあらずだが、実際の試合でもありそうなシーンが多くて、試合を見ている臨場感が感じられる貴重な作品だと思う。

というわけで、メジャー指向の強い『ホーリーランド』『鉄風』、あくまでファンタジー世界に殉じる『クローズ』、日常を描く『オールラウンダー廻』とそれぞれ特色があり、その違いは色々読む事で見えてくる事もあるんだなあ、と思った次第である。
最後に最初の疑問に立ち戻って終わろう。「ホーリーランドの終わり方はどうすれば面白くなったか」だが、終わり方は多分あれしか無い。だから作品の構造的に面白くなりようが無かった!という事で結論としたいと思う(ォィ
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