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価値のある

「楽しければ何でもいいっていう価値観にずっと抵抗し続けてた」って僕が教わった先生の一人が言ってた。
「人の心はもろい…世の中の回転に呑まれて快楽中心になると、利益効率追求機械やただの消費単位になってしまう…」と嘆いたのは漫画・攻殻機動隊の荒巻だが、我々は経済単位の一部である事から逃れられないのも事実で、それをどのように受け入れるかとか、それに振り回されないで済むにはどうしたらいいかとか、環境も人格も違う以上は個々に考えていくしかしょうがない。
なんでこんな事を書いているかというと、ニコニコで宮崎駿が「8歳くらいの男の子」について「身につけなきゃならない事が沢山あるのに(中略)カード集めたり簡単に商業主義に乗せられちゃう」みたいな事を言っていた、というのを読んだからなのだが、30歳男子児童の僕は、商業主義にどっぷり漬かって生きてきて今更無かった事に出来ないのでせめて商品の山の中からいい物だけを集めよう、と思っている。天則も麻雀も将棋もCPUゲームもエロゲもそういう意味では手放しでいい物だとは思えないし、好きだとも言えない。個別にはいいと思える物もあるけど、大半はそうじゃないから見ていてどこかで(違うなー)って思ってるわけで、感覚としては好きだしそこから快楽も得られるけれど、全肯定は出来ないのであった。
さて、さっきの宮崎駿だが、「生産と消費だと日本は消費の方が膨れあがっている」「多くの人が生産をせず消費だけしていて、それは僕から見るととても不遜な事に見える」みたいな事も言っていた。『S.A.C』を撮った神山健次が『東のエデン』の主人公に「お金を使うより、稼ぐ方が楽しい社会の方が健全だと思うんだよね」と言わせていたが、両者の間で問題意識は完全に共有されている。
一方、そういったメッセージを受け取る側の一人である僕は、生産に参加するのがしんどくて敵わない。今までのところ、積極的に再生産したいと思えるような価値が僕には見つけられていないし、これからもあまり期待出来そうにないと思っているので、労働ってなんのために労働するんだと、そんな生き方楽しいのかと、どうしてもそう思ってしまう。
そして僕はネットで、能力はあるのにこういう平凡な問題に囚われたままくすぶり続けている奴を沢山見てきた気がする。こういうペシミスティックな心象が広がっていて根が深いっていうのは今更なのでわざわざ掘り返さないけど、そりゃアカギも「なんでもっとスカッと生きねえのかな」って言うわな。すいません、大体の奴は風通しの悪いところしか知らないだけなんです、きっと。
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